書道 (Calligraphy)

ある日面会に行くと,アーリーンは漢字の練習のまっ最中だった.そうして
「あら,この書き方はちょっと間違ってるわ」
と呟いた.そこでこの「大科学者」たる僕は,よせばいいのについ口を出した.
「間違っているって,どうしてわかるんだい?字の書き方なんて,たかが人間が作りだした慣習じゃないか.自然にはどんなふうに見えるべきだなんて法則はないよ.自分の好きなように書けばそれでいいじゃないか.」
「私の言っているのは美的にまずいっていう意味よ.バランスと同じ感じの問題なの.」
「しかし筆先がこっちにはねようとあっちに向こうと,同じことじゃないか.」

リチャード・P・ファインマン,大貫昌子訳
"困ります,ファインマンさん"より


年に数点,書道の作品を作ります.最近は3月に都内で行われる展覧会に一番力を入れていて,そこに出品した作品の写真を掲載しています.現物は大学の居室に飾っています.


鴻聲

2024年2月

試しに作品を紙にのせた辺りで,直したいところもたくさんあるのだけれど,これ以上うまく行かなかった作です.結構書いたのですが…書道って難しいですね(2024年2月制作).


上記"困ります,ファインマンさん"の続き:
「じゃあひとつ,あなたも書いてみてちょうだい」
と彼女は筆を渡してよこした.
僕が真似をして書いてみると,たちまち
「おっと待った.やり直しだ.こりゃちょっとあちこち出っぱり過ぎた」
ということになった.(しかしいくら何でもこれは「間違ってる」と言うわけにはいかない.)
「じゃあ,どの程度出っぱらせればいいのか,どうして分かるの?」
 なるほど.これを聞いて僕はピンと来た.美しい筆蹟で書くには,特別な筆のもって行き方というものがちゃんとあるのだ.決して定義することができないにもかかわらず,美にはある定まった「何か」があるのだ.定義が出来ないというだけで僕はこれを信じられなかったわけだが,この経験のおかげで,そこには確かに「何ものか」があるということを悟ったのだった.そしてそれ以来,美術というものに強く惹かれるようになったのである.


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